みゆぽんとの日々

18トリソミーという重い障碍で産まれたみゆぽん。短命といわれ、1歳の誕生日を迎えられる可能性の低い病気です。そんなみゆぽんとの日々を、残していけたらと思っています。 そしてみゆぽんが残して行った宝を胸に、日々を綴っていけたらと思ってます。

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天国に旅立った日の事

忘れない為にも思い出して書き残していかなきゃ・・・。

天国に旅立った日の事。

娘がいつ亡くなってもおかしくない、、、覚悟を決めていたつもりが
覚悟など全くできていなかった事を気がついた日の
出来事。


1月14日の朝は寝坊して、パパは車であしゅを学校まで送って行った。

母乳を搾乳しながら、帰ってきたパパと

「みゆぽんには奇跡を起して欲しいね。記録的に20歳ぐらいまで生きるとかさっ。」

とのんきな話をしてたら

8時7分

家の電話が鳴った。

病院の電話は、旦那の携帯にかけてくれるようお願いをしてある。

家の電話なんて誰だろう?

夜勤だった担当看護士のあゆちゃんからで

朝遅くにすいません、とカミカミのあゆちゃんは、血圧が下がっているから
早めに面会に来たほうがいいかもとのお知らせだった。

搾乳した母乳をパックに入れて冷凍庫にしまい、炊いたご飯を冷凍して
洗濯途中の洗濯機を止めたりした。

今思うと、なんてのんびりしてしまったんだろうか・・・・。

8時45分頃に病院に到着した時に、ナースステーション前で
NICUから出て保育器ごとどこかに連れて行かれる最中だった。

個室に移動して、最後の時間を家族で過そうとさせてくれているんだ。

もうだめなんだ・・・。

嗚咽がでたのをパパは「まだ泣くな!!」と止めた。

相談して、パパがあしゅを迎えに行く事にした。

この時駐車券を渡し忘れたので、師長さんが駐車場まで届けに行ってくれた。

これも時間のロスだった。

あゆちゃんが、抱っこをするならママが買ってあるみゆぽんの服を持ってきてもらったら
と言うので、パパにメールで連絡をした。

パパは一度家によってから、あしゅを迎えに行った。

この時9時11分

家に着いていた。

病院から小学校までは、車で往復50分くらい。
かなり飛ばしていた。

私はこの時まで、みゆぽんの状態がそんなに悪いと気づいてなかった。

主治医の先生が傍から離れないので、事態に気がついたのです。

もしかして、本当に危篤なの!?

先生に

「医学的に出来る事は残っていないんですか?」と聞いたら

かなり小さい声で

「ありません。」と答えた。

「でしたらココに一緒にいていただかなくても結構です。
お忙しいでしょうから。」と私は先生に部屋から出て行ってもらうよう
お願いした。

具合の悪い時にしかいない先生。

なんだか悪い兆しにしか思えなく、不吉で嫌だった。

看護婦さんが何かあったら電話しますと、PHSの電話番号を確認していた。


抱っこをすると、いつもお話ししてくれるみたいに
何回も首を縦にふったみゆぽん。

かわいい。

これなら大丈夫かも。

おにいちゃんが来るまでがんばって!ただそれだけを言い続けた。

絶対死なないよね。


気がついたらモニターの数値がどんどん下がっていった。

170を下回らなかった心拍数が、100台になっている。

9時25分、心拍数が0になった。

その後なんどか70台、0、70を繰り返した様に思えるが

看護士さんも私もみゆぽんの顔しか見ていなかったので
何時何分が最後の息だったのかがわからない。
それが本当に悔やまれる。

みゆぽんの右目がぎゅっと固く閉じた。

びっくりした。

いつも半目を開けて寝る子だったので、どうしたのだろうかと・・・・。

「本当に眠たい時は、目をつむるのね。みゆちゃんは。」と看護士さんは言った。

そっか、眠りたいんだね。

「もうがんばらなくっていいよ。」そう言って

「もう結構です。顔が見れないので。」

看護士さんが一生懸命押さえつけている、口元の酸素バックを外してもらった。

いっぱいいっぱい頑張った。

これ以上、何を頑張ればいいのだろう。

私の最後の言葉は届いただろうか。




顔を見たら、いつもの半目開きの顔に戻っていた。

私は最後まで頑張らせてしまった。

本当にごめんね。

ママも肺炎になった事あるんだけど、本当に辛いんだよね。

ちょっとしてから、あしゅとパパがやってきた。

個室には時計が無く、モニターが唯一の時計だったんだけど

心拍数が落ちてからは余りにもモニター音が辛くって

うるさいモニターを切ってしまったので

あしゅが何時に到着したのが分からないのが悔やまれる。

外にあしゅとパパが到着した声が聞こえた。


悲しんでいられない。

私には母として、伝えなければいけない事がある。

私はあしゅの膝にみゆぽんを乗せて話してあげた。

「みゆの頑張った点滴や、いっぱいの管を見てあげて。

みゆは天国に行ってしまう。天使になってしまうけど

あしゅの守護霊として守ってくれるかもしれない。

お前は絶対に忘れてはいけない。この子の頑張りを。」


泣き叫びながら、そんな話をした気がする。

あしゅは大粒の涙をながしながら
「次の子は18トリソミーじゃないといいのに。」とだけ言った。

この時パパはみゆぽんの顔が真っ白だと言っていたが、天国に旅立った後だったとは
知らなかった。

パパは自分が間に合わなかった事、

何分間に合わなかったのか

何十回も聞かれたけれど、後になってからは分からない。

あの時先生を返さなければ良かったと後から後悔した。
何も役に立たなくっても、タイムキーパーぐらいにはなったかもしれない。

旦那は私の1.5倍ぐらいはみゆぽんを愛していたように思う。

抱きかかえてしばらく声をあげて泣いていた。

16年間付き合っているけど、そんな泣いている姿なんて、初めて見たよ。

しばらく家族4人にしてもらった。

お風呂に入れたり、手形をとったりした。
あしゅも楽しそうにお世話をしていた。

なんだか無性に家に帰りたくなり
担当医師を呼んでもらって、診察になった。

時計を見て

「10時14分心拍の停止を確認しました。」

昔看護師の友人から、人が死んだ時間は
医者が時計を見た時間って聞いた事があったが
本当だったんだと思った。

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*Comment

NoTitle 

お久しぶりです。
1周忌を迎えられ、また少し気持ちの持ちようが変わることもあったかと思われます。
お元気にされていますか。
私は、同じく月命日の14日、久しぶりに息子のことを思い出し大泣きしてしまいました。
普段は、まるで気にすることなく生活してしまっているのですが、自分の心の奥の奥を自分自身でぐっと覗き込んでしまうとやっぱりだめですね。あっという間に当時の暗闇に引きずりこまれてしまいます。
そんなときに思うのはいつもこの言葉。
「なんで?」
「なんで?」
「なんで?」
…答えなんてない。誰のせいでもない。
でも。だったら。だからこそ。「なんで?」

…こんなことを言うのは失礼かもしれないとは充分承知しているのですが…ごめんなさい。
みゆぽんのママさんは、みゆちゃんが旅立たれるときにそばにいられたのですね。
最期の、最後の瞬間まで、それがいつだったのかわからぬほど穏やかにやすらかにお見送りすることができたのですね。
…ごめんなさい、私、少しだけ羨ましいと思ってしまいました。
私は、息子の旅立ちには間に合わなかったので…。

自宅と入院先が遠く…私たち夫婦が着いたときにはもう息子はとっくに旅立ってしまっていたようです。
担当医は、到着した私たちを先に面談室に通したぐらいですからね。そこで先に「今後」の話を聞かされました。
私たちが息子に会いに行くと、もう1人の若い医師が汗と涙でぐしょぐしょになりながら、心臓マッサージをしてくれていました。
心電図は1直線。アラームは鳴りっぱなし。
それでも、せめて私たちが来るまでは、と頑張ってくれたようです。
息子の死亡時刻は、私たちが対面してマッサージを止めた時間になりました。実際はその2時間近く前だったのかなと思います。
そうですね、医者が(あきらめて)時計を見た時間なんですね。

息子を亡くしてから、数え切れないほどの後悔に潰されそうになりながら生きてきましたが、最期の瞬間に立ち会えなかったことも後悔の一つです。
みゆぽんのパパさんも、とてもつらい思いをされたことかと思われます。
だけど、私が実際に立ち会えてたとして…それはそれでどうだったのかな…もっと悲しくて、もっとつらくてくやしい思いをしたのかな…?
今となってはわかりませんね…。

長々と失礼いたしました。
みゆちゃんの旅立ちの日、私も胸を締め付けられる思いで拝見させていただきました。
  • posted by 泣き虫ママ 
  • URL 
  • 2010.01/21 14:40分 
  • [Edit]

NoTitle 

泣き虫ママさん
お久しぶりです。
そうですね、やはり他のママさんから最後の瞬間に一緒に
いれて羨ましいと言われました。
人間は欲深いですから、一個出来ると、その更にもっともっとと求めてしまうんです。
今になってはわからない・・・という気持ち、すごく良く分かります。
私も心臓マッサージや挿官してくれていたら、もっと結果は
違ったんじゃないかとしばらく苦しみました。
これこそ今更どうにもならないことですよね。

私もただいま仕事中ですが、たまに泣きます。
花粉症だし、仕事場はパーテーションで大きく仕切られている
ので、誰にも見られないので、本当によく泣きながら
仕事してます。
だめですね~。
こればっかりは立ち直るもんでも、忘れるもんでもないですね。
  • posted by みゆぽんのママ 
  • URL 
  • 2010.01/22 12:56分 
  • [Edit]

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プロフィール

さにー

Author:さにー
あしゅ(小学生・男)とみゆぽんの二児の母です。
実夢(みゆ)は2008年11月17日、2356gで産まれた女の子です。
18トリソミーという染色体異常で産まれました。様々な合併症と戦うみゆぽんの日々を、書き残してゆきたいと思っています。

2009年1月14日、天国へ旅立ちました。

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